個人事業や会社の借入金の連帯保証など、負債の多い相続では「相続放棄すべきか」が最初の論点になります。しかし放棄すれば事業用の資産も手放すことになり、事業は続けられません。後継者が事業と債務をまとめて引き継ぎ、他の相続人は債務を負わない形にできるかどうか、民法と税法の両面から整理します。
債務は協議で決めても債権者に対抗できない
遺産分割協議で「借入金はすべて長男が引き継ぐ」と決めることはできます。しかしこの合意は相続人の内部でのみ有効で、銀行などの債権者には主張できません。民法上、金銭債務は相続開始と同時に各相続人が法定相続分に応じて当然に承継するためです。
債権者は、協議書があっても次男や長女に対して法定相続分の支払いを請求できます。
債権者の同意を得る「免責的債務引受」
他の相続人が本当に債務を免れるには、債権者との間で、長男が債務を全額引き受け、他の相続人は免責される旨の契約(免責的債務引受)を結ぶ必要があります。銀行は、長男の返済能力、事業の継続性、担保の状況を審査して判断します。事業用不動産を長男が取得し、担保として提供し続けることが同意の条件になるのが通常です。
次のような流れが現実的です。
- 事業の収支と借入金の全体像を把握する(返済可能か)
- 債権者に相続の事実と後継者の方針を早めに伝える
- 遺産分割協議で事業用資産と債務を長男に集中させる
- 債権者と免責的債務引受契約を結ぶ
- 他の相続人には預金や保険金など、債務と無関係な財産を渡す
相続税の債務控除は誰が受けるか
相続税では、債務は「実際に負担する人」の課税価格から差し引きます。協議書で長男が全額引き受けると決めていれば、長男の取得財産から借入金全額を控除します。長男の取得財産より債務が多い場合、引ききれない分を他の相続人の課税価格から差し引くことはできません。
計算例:事業用資産8,000万円、預金2,000万円、借入金6,000万円。長男が事業用資産と借入金、長女が預金を取得。
- 長男:8,000万円−6,000万円=2,000万円
- 長女:2,000万円
- 課税価格の合計:4,000万円(基礎控除4,200万円以下なら相続税はかからない)
限定承認という選択肢
資産と負債のどちらが多いか分からない場合、相続人全員で家庭裁判所に限定承認を申述すると、相続した財産の範囲内でのみ債務を弁済すればよくなります。ただし、全員で行う必要があること、被相続人が財産を時価で譲渡したものとみなされて所得税(準確定申告)が生じること、手続きが煩雑なことから、利用は多くありません。期限は相続放棄と同じく3か月以内です。
相続開始後は早めに資産と負債の一覧を作り、方針を固めてください。
※この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案に対する税務判断ではありません。実際の取り扱いは財産の内容や分割の仕方によって変わります。