後継者がいない会社をM&Aで売却すると、経営者は大きな現金を手にします。事業承継の問題は解決しますが、相続の観点では新たな問題が生まれます。売却前は「評価が抑えられていた自社株」だった財産が、売却後は「評価が下がらない現金」に変わるからです。この記事では、売却後に相続税がどう変わるのか、どんな対策が考えられるのかを解説します。
売却で相続税が増える仕組み
非上場株式の相続税評価は、類似業種比準方式や純資産価額方式で計算され、実際の売却価格(買い手が付ける価値)より低いことが珍しくありません。買い手は将来の収益力を見て価格を決めるため、評価額の数倍で売れることもあります。
例:相続税評価額2億円の自社株を5億円で売却した場合
- 譲渡所得税:(5億円 − 取得費1,000万円)× 20.315% ≒ 9,950万円
- 手元に残る現金:5億円 − 9,950万円 ≒ 4億50万円
- 相続税の対象:売却前は2億円の株式 → 売却後は約4億円の現金
相続税の課税対象が約2倍になり、税額の増加は配偶者の税額軽減などを考慮しても数千万円から1億円を超えることがあります。もちろん、手元に実際の現金がある分、納税に困ることはありませんが、「売ったことで相続税が増える」という構図は理解しておく必要があります。
売却後の相続対策
売却で得た現金は、まず経営者自身の生活と老後の資金を確保したうえで、残りを相続に備えて形を変えていくのが基本です。
| 対策 | 効果 | 注意点 |
|---|---|---|
| 子や孫への生前贈与 | 暦年贈与(年110万円)や相続時精算課税(2,500万円+年110万円)で移転 | 持ち戻し期間(7年)に注意。長期で計画的に |
| 賃貸不動産の購入 | 現金より評価が下がる(貸家建付地・貸家、小規模宅地等の特例) | 購入直後の相続は否認のリスク。収益性の確認 |
| 生命保険 | 500万円×法定相続人の数の非課税枠。納税資金の準備 | 高齢だと加入できない商品もある |
| 資産管理会社の設立 | 子を株主にして運用益を子に帰属させる | 設立・維持コスト。株式の評価方法に注意 |
| 教育資金・結婚子育て資金の一括贈与 | 孫世代への移転 | 使い残しの扱いを確認 |
売却直後に大きな不動産を買い、短期間で相続が起きた場合、評価額と時価の差が大きいと税務上の問題になることがあります。対策は「相続までの時間」を前提に、無理のない範囲で組み合わせます。
売却時に検討しておくこと
売却の条件そのものが相続対策になることもあります。
- 売却前に役員退職金を受け取る:退職所得は税負担が軽く、売却価格もその分下がる。手取りの合計で比較する
- 売却代金の一部を後継者である子が受け取る設計(子が株式を一部持っていれば、その分は子の譲渡所得)
- 売却後も一定期間役員として残る契約(顧問料は所得税の対象)
相続開始後に売却する場合との比較
経営者が亡くなった後に相続人が売却する場合は、相続税の申告期限から3年以内なら取得費加算の特例が使え、相続税の一部を取得費に加えて譲渡所得税を減らせます。相続税評価額の株式に相続税がかかり、その後の売却益には所得税がかかる流れです。生前に売るか、相続後に売るかは、相続税と所得税の合計で比較することになりますが、相続後に買い手が見つかる保証はなく、経営の空白のリスクもあります。
M&Aの検討は、売却後の相続税まで見通して行うことで、手取りと家族に残る財産の両方を最大化できます。売却の前後どちらの段階でも、相続税シミュレーションで概算を確認しながら対策を進めてください。
※この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案に対する税務判断ではありません。実際の取り扱いは財産の内容や分割の仕方によって変わります。